
神は、どこにいるのだろうか?
これは宗教や哲学だけでなく、科学の最先端に立つ人々もまた問い続けてきたテーマです。
この記事では、アインシュタインが語った「宇宙的宗教」の思想と、そこから広がる内なる宇宙への旅について、スピリチュアルな視点からも紐解いていきます。
アインシュタインが語った「宗教の進化」とは


物理学者アルベルト・アインシュタインは、著書『わが世界観』の中で「宗教の進化」について興味深い考えを述べています。
それは単なる宗教論ではなく、人間が「宇宙とどう向き合って生きるか」という深い問いかけでもあります。
アインシュタインは、原始から人類の宗教が3つの段階に変化していくと考えました。
第1段階:恐れから始まる原始の信仰
太古の昔、自然災害や疫病、死といった人間を脅かす出来事を「神の怒り」と捉え、これらを怖れた人々は、神を鎮めるために祈りや儀式を行っていました。
これが原始の信仰の形態です。
第2段階:倫理と秩序を守る“ご褒美と罰”の神
次に登場するのは、社会的・倫理的秩序を体現する、「人間に似た姿を持った神」という概念です。
「良い行いをすればご褒美が、悪い行いをすれば罰が下る」
という信念体系で、人々の行動や共同体を律する役割を果たしました。
政治的・経済的な社会システムの中で、この段階の宗教は少なからぬ力を持ちます。
第3段階:真理と融合する「宇宙的宗教」という視座
そしてアインシュタインが「理想」としたのが、「宇宙的宗教」です。
それは擬人化された神を崇めるのではなく、
「自然界に顕れる崇高さと驚異的な秩序を感じ、 宇宙を一つの重要な全体として体験したいと願う」
という在り方です。
この段階では、科学と宗教の対立は存在し得ません。
むしろ両者が溶け合い「真理」へと向かう視点になります。
大統一理論に惹かれた私の中学生時代


実は私自身、中学生の頃にテレビで見た科学番組がきっかけで「大統一理論」(量子物理学)に心を奪われました。
宇宙の始まりを科学者たちがどのように解き明かそうとしているのかにワクワクして、録画したビデオテープがすり切れるほど何度も何度も繰り返し見ました。
番組の終盤で、ナビゲーターが「まだ開けられたことのない、宇宙の始まりを解明する扉」の前に立ち、カメラに向かって
「この扉を開けるのは、あなたかもしれません」
と言ったとき、なんとも言えない情熱の渦のようなものが自分の内側に湧き起こるのを感じました。
この番組を見て、私はこう思いました。
「科学も、宗教も、哲学も、すべてが行き着く究極の始まり=真理が見つかったら、それが本当の『大統一』理論じゃないか?」
だから、後になってアインシュタインの「宇宙的宗教」の思想を知ったときは、



「あっ、マネされた!」
って思いました。(冗談ですが笑)
「神=真理の居場所」が外から内へと移動する


アインシュタインの思想を噛み砕いていくと、「神」や「真理」の所在が外から内へと移っていくことに気づきます。
最初は「外側の神」を恐れ、やがて「社会秩序を司る神」を仰ぎ、そして最後には「宇宙そのものに宿る神聖さ」を感じ取る自分自身の在り方へ回帰する、というふうに。
私はそこに、もうひとつ大切なパラダイムシフトがあると思っています。
それは「神は形なくしてすべてに満ちている」 という原点回帰です。
内側へ還っていくプロセスの中で、同時に外側のすべても「神=真理=根源」だったと気づく。
まるで童話『青い鳥』のチルチルとミチルが、旅の果てに「幸せは最初からそばにあった」と知るように。
(そして、もしも彼らが旅に出なかったら、青い鳥を見つけることは決してできなかったでしょう)
内なる宇宙へと還る旅


結局のところ、真理を探すすべての道は外側だけを探し回るのではなく、いつか必ず「内なる宇宙」へと還っていきます。
外の宇宙を観測しながら、同時に自分の内側の宇宙に触れる。
その往復運動こそが、人間が真理と出会っていくプロセスなのだと思うのです。
アインシュタインもきっと、その扉の前に立っていたのでしょう。
宇宙の神秘を外に探すことも、内なる静けさに耳を澄ますことも、どちらも同じ「真理」への道。
その両方を味わいながら生きるとき、私たちは「宇宙的宗教」の領域に少しずつ近づいていくのかもしれません。



そしてその時、外側と内側の境界は消え、「すべて」に統合されていくのだと思います